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悲しみの季節にスロウコアを: Codeine「Broken-Hearted Wine」

Codeine_Frigid Stars_inner


出会い別れの季節、春。今年は家に閉じこもっている間に桜も散り、個人的には身近な人が突然亡くなったこともあって、何だかいっそう寂しい季節となってしまいました。

 

春の切なさをモチーフにした曲は、特にここ日本では星の数ほど、もとい桜の花びらの数ほどあります。しかしそうした曲にいまいち感情移入できない捻くれた感性の持ち主というのも、世の中には意外と多いのではないでしょうか。

かく言う自分もその一人。美しい思い出や切ない別れの歌を臆面もなく思い入れたっぷりに歌い上げられてしまうと、まるで自分の居場所がないような居心地の悪さや、そもそも自分が存在しない世界のことのようなよそよそしさを感じてしまいます。

 

しかしそんな捻くれ者の私にも、毎年この季節、夜になると必ず思い出す曲があります。

 

Codeine「Broken-Hearted Wine」

 

春に 何一つ得ることのできなかった季節に

春に 人生が犯罪のように思える季節に

おいで 僕の背中で泣けばいい

そして 悲しみのワインを飲めばいい

芳醇な味わいをもたらす 春に

悲しみのワイン 芳醇な味わい

 

ようやく君は最後に彼女(彼)の顔を見る

そして痛みが消え去ることは決してないだろう

君は彼女(彼)をこの世で唯一の女(男)だと思っていたんだ

こっちにおいで 僕の背中で泣けばいい

そして 悲しみのワインを飲めばいい

芳醇な味わいをもたらす 春に

悲しみのワイン 芳醇な味わい

 

どうしていいのか君は分からない 

唯一の慰めがあるとすれば

 

春に 君が僕のものになるなんて 思うわけも理由もない

だからおいで 僕の背中で泣けばいい

そして 悲しみのワインを飲めばいい

芳醇な味わいをもたらす 春に

悲しみのワイン 芳醇な味わい

 

open.spotify.com

 

吉田聡による傑作青春マンガ『湘南爆走族』の最終回間近のエピソードに『I Love You! 三年間』という話があります。

暴走族のリーダーである主人公・江口に3年間、密かに想いを寄せていた学級委員長・飯村冴子(通称・メシムラさん)。彼女は江口に好きな人がいることを知っていて、卒業前にその気持ちを打ち明けるかどうか、江口と同じチームのメンバー・桜井に相談をする……。

失恋をモチーフに、性別を超えた友人への無骨な思いやりを描いた爽やかなストーリーです。

 

この曲ではそんな優しさが、爽やかさゼロ!の暗く惨めな世界観で歌われています。

シンプルなエレキギターだけをバックに、素っ気なく呟かれるメロディー。ドラムもベースも入っていない、まるで飾り気のないこの曲は、一聴しただけでは地味で退屈に思えるかもしれません。

しかし聴けば聴くほど、捻くれた感性に沁み込んでくるような、じんわりとした温かさのある音楽だと思います。それはまるで、まだ少し肌寒い春の夜に飲む醸造酒のようにも感じられます。

 

咳止めシロップに使用されるアヘン由来の鎮痛剤をその名に冠したロックバンドCodeineは、1989年にStephen Immerwahr(ベース/ボーカル)、John Engle (ギター)、Chris Brokaw(ドラム)の3人によってニューヨークで結成されました。

極端に遅いテンポと物憂げな歌詞、装飾を削ぎ落とした簡素なアレンジによって奏でられた彼らの音楽は、「Slowcore(スロウコア)」もしくは「Sadcore(サッドコア)」というジャンルの先駆けとして語られています。

 

一人きり、黙ってどこか一点を見つめているような寡黙さを感じさせるその音楽性と同様、彼らが残した作品は決して多くありません。

1stアルバム『Frigid Stars』を1990年にドイツのレーベルGlitterhouseからリリースしたのをきっかけに、時代を象徴するシアトルのインディーレーベルSub Popと契約。92年にEP『Barely Real』を発表後、ドラムのChrisが、同じく名門インディーレーベルMatadorのブルージーなバンドCome(こちらではギターを担当)に専念するため脱退。AntietamのドラマーJosh Madellによるツアーサポートを経て、Doug Scharinが正式に加入。94年に2ndアルバム『The White Birch』を発表するも、ほどなくして活動を終了します。

その後、DougはRexやJune of 44、HiMなどで活躍。ChrisもComeの他、The New YearやPullman、Consonantといったバンドやソロ、Sonic YouthThurston Mooreをはじめ多くのアーティストとコラボレーションを行うなど、精力的に活動を続けています。しかしバンドに対するインスピレーションを使い果たしたStephenとJohnは、すっぱりと音楽の世界から去ってしまいました。

 

彼らが活動した90年代前半のアメリカと言えば、同じSub Pop出身のNIRVANAが記録的な大ブレイクを果たし、シアトルを中心とした『Grunge(グランジ)』と呼ばれるインディー・ロックが一大ムーブメントとなった時代。アンダーグラウンドなバンドたちが一躍脚光を浴び、音楽シーンのメインストリームをも大きく塗り替えていきました。

そうした喧噪の陰で、ひっそりとマイペースな活動を続けていたのが、スロウコア/サッドコアにカテゴライズされたバンドたちです。Codeineの他にもサンフランシスコのRed House PaintersやテキサスのBedhead、ミネソタのLowといったバンドが各地で同時多発的に活動を始め、グランジの大爆発とはまた違った方法で、ロックにおけるオルタナティヴな表現を生み出していきました。

 

Codeineはそうしたサッドコア/スロウコアの先駆者とされながらも、どこか異質な存在のように思えます。彼らの音楽はRed House Paintersのように耽美なメロディーを静かに聴かせるのでもなく、Bedheadのように素朴な歌を淡々と奏でるのでもなく、またLowのように緊張感のある音響的アプローチで荘厳な世界観を描くのとも違います。

何より他のバンドに共通するフォーキーな叙情性や感傷性が、ほとんど見受けられません。内に秘めたやり場のない激しさを叩き付けるかのような、どこか突き放したように空虚に響く、そのささくれ立ったサウンドは、むしろそうしたセンチメンタリズムを否定しようとしているようにさえ聞こえます。

 

しかしスロウコア/サッドコアが、ロックンロールを速く短くシンプルに演奏したパンクロック、そしてそのスピードと激しさを追求したハードコアパンクに由来して名付けられていることを考えれば、彼らこそがそのジャンル名をもっとも体現したバンドと言えるのではないでしょうか。

Fenderテレキャスター特有の金属的なエレキギターストローク。必要最低限まで手数を省いたドラムとベース。ぶっきらぼうに呟やくようなボーカル。それら一音一音が、静と動の対比を使い分けながら丁寧にゆっくりと鳴らされるアンサンブルからは、パンクロックが本質的に持っている鋭さや冷めた感覚が、逆説的に浮き彫りになってくる気がしてなりません。正に「遅くて悲しいハードコア」の名に相応しい音楽と言えます。

 

彼らの楽曲は『極寒の星々(Frigid Stars)』や『白樺の木(The White Birch)』というアルバムのタイトルやジャケットに象徴されるように、凍てつくような冬の厳しい寒さをイメージさせるものがほとんどです。

そこで歌われる歌詞も喪失や後悔、孤絶など、荒涼としたテーマを暗示するものが大半を占め、どうすることもできない悲痛な状況への諦めが、抽象的な言葉で冷徹に描かれます。

 

そうした中、ほぼ唯一と言える春の暖かさを感じさせるメロディアスな1曲が、この「Broken-Hearted Wine」です。それはまるで否定したはずの叙情性が、それでも抑えきれずに内側から漏れ出てしまったような、だからこそ捻くれ者の感性にも響く切実さを持った音楽だと思います。

この曲は92年にリリースされたオリジナルシングル『Realize』のB面に収録されました。ライブでも定番だったようで、BBCラジオの名物番組『Peel Sessions』出演時にも演奏を披露。同番組におけるSub Pop所属バンドのスタジオライブを集めたコンピレーション『The John Peel Sub Pop Sessions 1989-1993』で、その音源を聴くことが可能です。

ちなみに冒頭に書いた和訳(意訳)の一部が「彼(彼女)」、「女(男)」とかっこ付きになっているのは、ライブバージョンでは語りかける相手の性別が入れ変わっているため。自分の英語力では細かいニュアンスや意図は分かりませんが、もしかしたら性別を超えた友情や思いやりを強調したかったのかもしれません。

 

歌詞についても彼らの曲には珍しく、失恋というごくありふれたテーマが具体的なストーリー性を伴って歌われています。しかしそこに、よそよそしさや居心地の悪さを感じないのは、自らの寂しさを殊更にありがたがってナルシスティックに歌うのではなく、あくまで相手の悲しみにフォーカスしているからではないでしょうか。

以前、テレビで八代亜紀が「歌は聴く人のものだから、歌詞には決して自分の感情を込めて歌わない」と言っていたのを思い出します。これは自らの職人的とも言えるスタンスを、よくありがちな「自分が共感できる歌詞でなければ歌わない」というタイプの歌手と比較しての発言でしたが、悲しい音楽でありながら決して湿っぽくならないCodeineのサウンドは、その潔さに通じるものがある気がします。

よくよく考えると、演歌や歌謡曲の悲しい歌詞とスローなテンポは、それだけを見ればスロウコア/サッドコアと共通するものだったり……。実際にStephenは後のインタビューで「いつも和田アキ子を聴いている」とも発言! ぜひ八代亜紀和田アキ子のファンにもCodeineを聴いてみてほしいところです(笑)。

 

スロウコア/サッドコアは、音楽史にその名を刻むグランジとは違い、あくまでマニアックなジャンルに過ぎません。しかしCodeineの特異な音楽性は、REMのPeter BuckやThe WipersのGreg Sageといった大御所もファンを公言するなど、高い評価と根強い人気を獲得しました。

中でも当時親交の深かったBastroやRodan、Bitch Magnetといったポストハードコアバンド、さらにはそこから発展したTortoiseGastr Del Solといったシカゴ界隈のポストロックバンドたちには、少なからぬ影響を与えています。事実、画家としても知られる才女Tara Jane O’NeilがRodan解散後に結成したRetsinでは「Broken-Hearted Wine」をカバー。またボストン出身のカオティックハードコアバンドCAVE INは、Codeineの楽曲「Cave-In」からバンド名を採っています。さらに後のスロウコアフォロワーには、ノルウェイ出身のWhite Birchというバンドも登場しました。

Broken Hearted Wine

Broken Hearted Wine

  • provided courtesy of iTunes

 

極めつけはUKポストロックの代表格、Mogwaiによるリスペクトです。彼らはCodeineからの音楽的影響を公言。自身のレーベルRock Actionでは、初代ドラマーChrisのソロアルバム『Incredible Love』のリリースも手がけました。

そして2012年、Mogwaiは自らキュレーターを務めるロックフェスティバル『ATP I'll be your mirror』にCodeineとしての出演をオファーします。それまでそうした話は断っていたと言う彼らですが、時を同じくしてシカゴのコレクターズレーベルNumero Groupより、Codeine全作品のリイシューおよび未発表音源を収録したボックスセット『When I See the Sun』が発売されることに! これを受け、遂にCodeineはオリジナルメンバーで再結成を果たします。

しかしStephenとJohnが既に音楽業界を離れて別の仕事をしていることから、再結成はあくまで限定的なものでした。アメリカとヨーロッパにおける20カ所に満たないツアー(日本でも元Gastr Del SolのJim O'RourkeキュレーションによるATPフェスに出演予定でしたが、イベント自体が中止に……)を敢行。ニューヨークでの公演を最後に、再びその活動に幕を下ろしました。

 

Codeineは商業的な大成功を収めたわけでもなく、ロックの教科書に載るようなタイプのバンドではないかもしれません。しかし音楽シーンのトレンドや、それにまつわる文脈から外れた場所にひっそりと位置するその独自の音楽性には、歴史的な意義や意味を抜きにして、今なお耳を傾けてみる価値があると思います。

 

最後にメンバー公認の元にアップロードされたというPVがyoutube上にあるので、ご紹介したいと思います。ぜひラストシーンに映る、ベースに貼られたステッカーに注目しながら楽しんでください。きっと彼らに親しみが湧きますよ。

 

2ndアルバム『The White Birch』収録「Loss  Leader」

www.youtube.com

 

あぁ、本当は4月中にブログを始めようと思っていたのに、もたもたしている間に5月も終わりになってしまいました。そのせいで内容と季節が噛み合わない結果に……。

しかしそんなノロマなグズにもCodeineの奏でるスローなパンクロックは、猛スピードで過ぎ去っていく月日の中、変わることのない鮮烈さで悲しい温もりを投げかけてくれます。

 

 

追記:

2022年9月、彼らの未発表音源集『Dessau』がNumero Groupより突如としてリリースされました。Chris脱退直前の1992年6月にHarold Dessau Recordingにて録音されるも、音響トラブルにより廃棄・お蔵入りとなっていた音源を復元した作品で、多くの楽曲は後に再録がなされていますが、オリジナルとしては30年の時を経て初めて世に放たれることとなりました。

codeineband.bandcamp.com

さらにNumero Groupは、レーベル設立20周年記念イベントを2023年2月にロサンゼルスにて開催することを発表。Dougの参加するRexやオリンピアのアート・ロック・バンドUnwoundらと共にCodeineの出演も決定し、Stephen、John、Chrisの3人は11年ぶりとなる再集結を果たしました。

Stephenによれば、今回の再結成も限定的なものになるとのことですが、意外にも他のメンバーは継続的な活動の意向も示しており、ライブ活動も思いの外、長く続いている模様。もしかすると、いつかは新作が聴けるような日が来るかもしれません。

 

そしてなんと!  2024年4月、結成から35年目にして初となる来日ツアーの開催が実現! June Of 44の来日も手掛けたimakinn recordsの招聘により、東京、京都、名古屋の3都市4公演を行うことが発表されました。

まさか、まさかこんな日が来るとは……。春の日に、熟成された悲しみのワインをたっぷり味わえることを今から心待ちにしています。

 

 

参考: 

L.A. RECORD「CODEINE: KIND OF CAT FRIENDLY(StephenとJohnのインタビュー)

blurredvisionary「Codeine: The Welcomed and Unexpected Relapse of “Slowcore”」(ChrisとStephenのインタビュー)

DAVID RAT'S BLOG: "RAT BITES"「Doug Scharin, Codeine, and The White Birch interview」(Dougのインタビュー)

Brooklyn Vegan「An interview with Codeine (who play Bell House TONIGHT)」(StephenとJohnへのメールインタビュー)

SOUL KITCHEN「[1990-2020] DIX CACHETS DE CODEINE(Johnのインタビュー)

self-titled「THE SELF-TITLED INTERVIEW: James Plotkin vs. Codeine」(KhanateのJames PlotkinによるStephenのインタビュー)  

Ptchfork「Codeine: Frigid Stars/Barely Real EP/The White Birch Album Review」(全作品リイシュー時のレビュー) 

The New York Times「Grunge’s Estranged, Desolate Cousins」(再結成時のライブレビュー) 

Brooklyn Vegan「Codeine talk reunion, unearthed 'Dessau' LP, their legacy, black metal & more in new interview」(再々結成時のインタビュー)

 

Broken-Hearted Wine

Broken-Hearted Wine

  • provided courtesy of iTunes
Frigid Stars Lp

Frigid Stars Lp

  • アーティスト:Codeine
  • 発売日: 1994/01/01
  • メディア: CD
 
Barely Real

Barely Real

  • アーティスト:Codeine
  • 発売日: 2000/10/02
  • メディア: CD
 
White Birch

White Birch

  • アーティスト:Codeine
  • 発売日: 1994/03/29
  • メディア: CD
 
When I See the Sun [12 inch Analog]

When I See the Sun [12 inch Analog]

  • アーティスト:Codeine
  • 発売日: 2012/06/19
  • メディア: LP Record
 
サブ・ポップ・BBCセッションズ

サブ・ポップ・BBCセッションズ

  • アーティスト:オムニバス
  • 発売日: 1995/04/25
  • メディア: CD